使の姉は愛を貫く その5


第七章 意地

「……さて皆さん、今期のセラフィム・クエストも予選が終了し、残念ながら結果に恵まれなかった方も多い中で、我がクラスからは二組のチームが勝ち残りました!」
「これは、突破チームが毎年一組出れば良いと言われる中で大健闘と言えるものですし、来期に持ち越しになった皆さんも本日は共に学んだ彼らを誇りと励みに思い、今後の躍進を祈って盛大に送り出しましょう。では、拍手〜!」
「おめでとー!」
 やがて、ジョゼッタさんの意気込み通りに第五回戦目となる最後のチーム戦もサクっと勝ち進み、いよいよ決勝トーナメントに入る第六回戦を前に、自分達ともう一組勝ち上がった男子二人と女子一人のチームメンバーが教壇前へ集められ、私達はいつもニコニコしているおっとり系の美人ながら、上級第二位である智天使(ケルビム)の翼を持つエリート天使な担任のノキア先生からの紹介を受け、クラスメートから盛大な拍手を受けていた。
「……えへへ、こういうのってなんか照れるよね?」
「いえ我々は勝者ですから、堂々と胸を張って喝采を浴びればいいんです!」
「うわぁ、ジョゼッタちゃん感じわるーい。まぁでも今日くらいはねー」
 リンネちゃんの言う通り、どうやらエンジェリウムには各クラスでセラフィム・クエストの“本戦”と呼ばれる個人戦まで勝ち残った生徒が出た場合、普段は剥き出しのライバル意識も引っ込め、みんなで壮行会を催して温かく送り出す伝統があるんだそうで。
「がんばれよー、というかちゃんと卒業しろよー!」
「どうせなら、優勝狙いなさいよね!」
(優勝か……まだまだ遠いけど、まぁ今日くらいはその気になってもいいかな……?)
 そんなわけで、多少の野次も混じりつつ、本日ばかりは普段の張り詰めた空気から解放された和やかムードに包まれ、私もぺこぺこと頭を下げつつ久々にいい気分で激励を受けていた。
 ……ただ、セラフィム・クエスト中のエンジェリウムは学習施設だけは開放されている開店休業状態なのに、既に敗退したクラスメートの大半が傷心する間もなく自主的に登校してきているのは、やっぱり競争意識の高さの表れでもあるんだろうけれど。
「では、最後の恒例として勝ち残ったみなさんに、それぞれ自己紹介と目指している先をぶっちゃけてもらいましょうね〜?十年後くらいを楽しみにしつつ、ふふふ……」
(うわぁ、そうきましたか……)
 とびきりの天使の笑み(エンジェリック・スマイル)を浮かべて猛毒を吐いてきましたよ、この先生……。
「……では、自分から。チームリンドウのリーダーを務めたリンドウです。元々は境界の防衛に関わりたくて天使へ志願しました。三度目の挑戦になった今回は志を同じくする頼もしい仲間と組み、指揮を任せて貰いながらの戦いで手応えも感じたので、いつかは現場指揮官として防衛隊を率いられる存在になれれば、と思っています」
「同じく、リンドウとは同期に入学して以来の付き合いになるランタナっす。今後は個人戦っすが、願わくば今後もこの三人で切磋琢磨して一緒に高みを目指していければなと」
「トモエです。私は二度目ですが、素敵な仲間との出逢いを与えて下さった“主”に感謝です」
(……うーん、何か鉄壁のチームワークって感じ?)
 ともあれ、そんな少し?ばかり悪意の混じった質問でも恒例行事らしいというコトで、まずはあちらのチーム代表の精悍な顔立ちをした男子生徒が模範的な挨拶を披露すると、続けて仲の良さを見せ付けるコメントが続いてゆく。
「ありがとうございました。流石は激戦を勝ち抜いてきただけに、皆さんしっかりと地に足が付き強い絆を感じさせるコメントでしたね〜。では今度はチームリーンカーネイションのみなさん、どうぞ〜」
 そして、続けてリンネちゃんが私達には何の相談も無く勝手に付けていたチーム名を呼ばれて促され、今度はこちらのターンになったものの……。
「何となく代表になってるリンネですー。まぁ、今回は初めてだし行ける所までいければいいかな?って感じで気軽にやってますけど、向いてそうなのは監視者とかその辺ですかねー?あはは」
「今回で二度目となるジョゼッタです!前回は中級第三位までは届きましたけど、今回はズバリ上級狙いです!その後には熾天使様達とお仕事がしたいですね」
(しかしあちらと比べて、こっちはロクでもないメンツだなぁ……二人ともビッグマウスだし)
 まぁ、この位にユルいからこそヘンに気負わず勝ち上がれてこれたのもかもしれないけど。
「……えっと、最後になりますが天衣優奈です。私は中途入学というコトもあって、今回は純粋な腕試しのつもりでしたが、応援して下さる方々と奔放ながらも頼もしい仲間に恵まれたお陰でここまで来られました」
 ともかく、チームリンドウの面々と比べると色々酷すぎる気がしたので、せめてトリを飾る自分だけでもと模範解答的なコメントを続ける私。
 ……まぁ、実際頼もしさに関しては不思議なくらいに頼もしいしね。
「なるほど、ルーキーさん中心のチームらしく勢いに満ちているのが伺えますが、天衣さんはこれからどの様な役目を担いたいと思ってますか〜?」
 すると、先生は察してくれた様子で気遣いのフォローを交えつつ、私に志願先を尋ねてきたので……。
「えっと、私は……まずは守護天使になりたいです!」
 さすがに具体的な相手までは言えないとしても、偽らざる本音をはっきりと答える私。
「え……?」
 すると、ニコニコとした笑みを絶やしていなかった先生の表情が一瞬固まり……。
「へ……?」
 何故か、続けて教室内も静まり返ってしまった。
「…………」
 しかも、今まで拍手してくれていたクラスメート達の表情が変わるのと同時に、隣のリンドウ君らのチームからは、何やら軽蔑する様な視線まで浴びせられていたりして。
(ちょっ……?)
 ……ついでに言えば、仲間であるはずのリンネちゃんやジョゼッタさんにまで「本気で言ってる……?」みたいな目で見られてしまい……。
(…………っ)

「……ね、守護天使ってそんなにダメ?」
 やがて、私のせいで何だか微妙な空気になってしまった壮行会が終わり、仮想戦闘トレーニング施設へ向かう途中の廊下で、私は同行するリンネちゃん達にぽつりと零した。
「うーん……ダメじゃないけど、今の現役天使にとってはやる意味が皆無だしねー?」
 すると、リンネちゃんは困ったような苦笑いを見せてきた後で……。
「それどころか、守護天使ミッションは実績稼ぎにならない上に、長期間に及んで対象者からの拘束を受けてしまうので、階級こそが命であり、何処まで高い所へ駆け上がれるかが全ての天使にとっては自殺行為に等しいと言っても過言ではありませんから」
「自殺行為て……」
 更に畳みかけられたジョゼッタさんからのあんまりといえばあんまりなダメ出しに、頭の上に重たいモノが落とされた感覚に陥ってしまう私。
「正直、みんなが驚いた本音はそこなんだよねー……」
「ええ、優奈さんがミカエル様の弟子なのは周知されていたので、尚更あなたの口からどれほど大きな目標が飛び出すのか注目されていたでしょうに、それがまさか約束された華々しい将来を自分から捨ててしまう道へ向かおうとしていたなんて、まぁ羨んでいる他の人から見れば理解不能を超えて嫌がらせに映ったかもしれません」
「……嫌がらせって……えええ……」
 実際に元々がどうだったのかは知らないけれど、少なくとも今の天使は私の思っていたのとはまるで別の存在みたいである。
 ……いや、薄々そうじゃないかとは思っていたものの、これで確信できた。
(もしかして、私……早まっちゃった……?)
 こんな現状になってしまった致し方ない理由もあるとはいえ、それでもこんなのって……。
「……まぁでも、いいんじゃないかな?そういうのが間違ってると思うのなら、これから優奈ちゃんがチカラで示せばいいだけだし」
 しかし、それから項垂れた頭が上がらなくなりかけたところで、リンネちゃんが思わせぶりな笑みでこちらを覗き込んでそう告げてくる。
「私が、チカラで……?」
「魂に輝きを灯すのは、意志の力でもあるから。優奈ちゃんが自分こそあるべき姿の天使と思っているのなら、この大会で見せつけちゃえばいいんだよ」
「…………」
「ま、わたしを含めて今のクラスメート達の本音は、こんなふざけた人は高い階級を与えられる前にさっさと負けてしまえってところでしょうから」
「わたしを含めてって……本気で言ってる?」
「……割と本気ですよ。最近はチームを組んでいたので封印していましたけど、またミカエル様の弟子の座を譲れと言いたい気分にもなってきましたし」
「悪いけど、お断り。……どうしても代わって欲しいのなら、私を倒してからにして」
 そこで、怒りよりも困惑を表情に映して、挑発しているのか自棄っぱちなのか判断が難しいセリフを向けてくるジョゼッタさんに、らしくないのは承知で素っ気無く吐き捨ててやる私。
 ……だって、結局は私が守護天使になりたいという願望を聞いて肯定的に接してくれたのは、そのミカエル様だけなのだから。
「やはり、そうなりますか……まぁ、そうこなくてはですが」
「あはは、いい感じの空気になってきたし、ここからはみんな個々でがんばろーね?」
「……うん……」
 いずれにせよ、そこから私は今まで心の奥で燻り続けていた怒りだか何だか分からない火種が点火して、暗い色の炎として燃え始めるのを感じていた。
(……もう、腕試しとかそんな気分じゃなくて、絶対に負けちゃいけないんだ、私は)
 自分が愛奈ちゃんの愛した天使の姉であり続けるためにも、立ち塞がる全てを倒すのみ。

                    *

「さぁ征くぞ!正々堂々と勝負だ!」
 やがて、少しばかり天使にはあるまじき黒い感情も芽生えさせつつ本大会の日を迎え、まずは初戦をリンネちゃんの言葉通り周囲へ見せつける様に瞬殺した後、勝てば中級天使候補へ格上げのかかった本戦第二戦(第七回戦)で、私は奇しくも同じクラスで予選を勝ち抜いたチームのリーダーと相まみえていた。
「……白銀の槍たちよ、我が意思に応えて敵を撃ち貫いて……!」
「なんのっ!その程度……!」
 ステージが何の遮蔽物も無い闘技場というコトで、まずは開幕直後にバックステップで距離を取りつつ、私が翼の先から複数の誘導光線を先制攻撃として放つと、リンドウ君は翳した右手の先に展開させた黄金色の盾で受け止めながら猛スピードで突進してくる。
(範囲よりも密度重視の盾……か……)
 まぁ、こちらも牽制程度のつもりだったから、有効打にならないのは想定済みとして……。
「脱落すべき者よ、我が盾が受けられるか?!」
 盾の防御力に任せて急速に距離を詰めてくるのを見るに、このまま懐に飛び込んで体当たりでもしてきて、態勢を崩させたところで天使剣で仕留めるつもりだろうか。
「…………」
 いずれにせよ、追いかけてくる敵には下手に逃げ回るよりもカウンターを狙って……。
「遅い……っ!」
「……うぁ……っ?!」
 しかし、そこで私はやり過ごした後の隙を狙うべく闘牛士にでもなった気分でギリギリまで引き付けようとしたものの、相手が接近しきる前に強い衝撃が打ち寄せる波の様に前方から襲い掛かって吹き飛ばされてしまった。
(なるほど、少々厄介な盾みたいかな……?)
 どうやら、あの盾自身が攻防一体の彼の武器でもあるらしいけど、だったら……。
「かかったな……!僕の勝ちだ!」
 そして、次の相手の動きを直感するのとほぼ同時に、リンドウ君は素早いターンを繰り返しつつ態勢を崩したこちらへ向けてあらゆる方向から連続しての突進攻撃を仕掛けてきて、暫くお手玉の様に弾き飛ばされ続けてしまう。
(ん……っ、何だかミカエル様と最初に出逢った時を思い出すな……)
 それでも、乱気流の嵐から耐える感覚で何とか失速したり無防備にはならない様に踏ん張りつつ、何やら懐かしさみたいなものも覚えてしまう私。
 ……まさか、エデンの塔から突き落とされたあの経験がこんな所で役立つとは苦笑いだけど。
(お生憎、熾天使様の愛弟子は鍛えられ方も違うのよね……って?)
「……君の様な者にはこれ以上の地位は必要ないだろう?さぁ僕に道を空けたまえ!」
 しかし、そんな過去を振り返る余裕も残っている私に対して、リンドウ君は防戦一方になっている相手をこのまま押し切ろうと、同じ攻撃を執拗に続けつつ勝ち誇ってくる。
(道を空けたまえ、か……)
「はぁぁぁぁぁ……ッッ、正義は我に……っ!」
(……悪いけど、そんな傲岸不遜な人に負けるわけにはいかないよね?)
 とはいえ、一度押されるとなかなか反転攻勢に出にくい猛攻を受けているのは確かで、あの盾も下手に壊そうなどとは考えない方がよさそう。
 ……となれば、こちらの対抗手段としては……やっぱ「アレ」かな。
(あはは、終わった後で文句言われそうだけど……)
 そして、反撃手段を決めた私は防御姿勢を維持しつつ、相手に気取られない様に自分の翼に神霊力を溜めてゆき……。
「…………っ?!」
 やがて頃合いを見計らうと、何度目かの突進攻撃を受けた際に私は自分のバックステップを助力に込め、距離を開ける為に敢えて後方へ大きく吹き飛ばされた。
(ここまでは、予定通り……!)
 あと問題は、踏み込みの見極めがまだ少し怪しいって事だけど……。
「これで終わりだ!」
 すると、私が一旦動きを止めたのを勝機と見たリンドウ君はトドメとばかりに盾を変形させ、鋭くも仰々しい槍の穂先を出現させて、こちらを貫こうと突撃をかけてくる。
(……アナタがね)
 しかし、それはむしろ相手にとっての致命傷になりかねないもので、私は内心で失笑しつつ対抗する様に天使剣を抜き放った。
「無駄だ!君の様な軟弱者が到底受け止められるものじゃない!」
(……君の様な者には、これ以上の地位は必要ないだろう、か……)
 悪いけど、そっくりそのまま返すことになりそうかな?
 ……口だけは達者な、こんな程度の相手に。
「破ァァァァァァァァァッッ!!」
(……翼よ、我が意思に応えて……!)
「はぁ……ッッ!!」
 やがて、相手の穂先が胸元へ届く直前のタイミングで、私は溜めていた爆発的なチカラを解放すると、固めていたイメージ通りに神速のスライドターンを発動させて、動きが一瞬止まった隙にがら空きの背後へ回り込み、同時に抜刀していた天使剣で一刀のもとに斬り伏せた。
「な……ぐあッッ?!」
 手前味噌ながら、おそらく相手には私が瞬間移動でもした様に見えたと思うけど、これは模擬戦でジョゼッタさんから何度も食らったことがある技。
 ただ、それでも彼女の様な抜刀術までは再現不可能だから、先に抜刀しておいたんだけど。
「ば、馬鹿な……ぐ……っ」
「……もう聞こえてないかもだけど、本気で馬鹿なと思っているなら、あなたは自分に酔っていただけの道化かもね?」
「それと、壮行会で一つ言い忘れてたけど、私は無敵のおねぇちゃんであらなきゃならないから」
 ともあれ、相手の戦闘不能を確認した後に軽い溜息交じりで翼を回収してゆく私。
 わざわざ刺々しい槍なんて出して、攻撃の方向性と掴み切れていなかった間合いの目安まで教えてくれる結果になったワケで、これが私の言う「この程度」の意味だった。
 それに、私の知っている達人は一撃必殺狙いで同じ技を得意げに繰り返したりはしないし。
(……ま、弱い人ほどよく吠えるってのは、天使の世界でも同じかな?)
 こんなレベルの相手に馬鹿にした目を向けられていたというのは、天使のおねぇちゃん的にもいささか腹立たさは覚えるものの、多少は溜飲も降りたってコトで。

                    *

「……お疲れ様です。今回も楽勝でしたね?わたしもでしたけど」
「んー、まぁ何となく戦い方も分かってきたしね……」
 それから、試合が終わって戻ってきたところで、シートの隣で待ってくれていたジョゼッタさんから、他の人が聞いたら怒りの火に油を注ぎそうな労いの言葉をかけられ、今までみたいに謙遜するのが億劫になっていた私も、両手を伸ばしながら素っ気無く返す。
 自分の天使像をあざ笑われ、こんな連中には負けまいと心に誓った時から何か特別なコトをやっている訳でもないものの、ある意味完全に吹っ切れたのが良かったのか、あれからはっきりと自覚できるくらいに以前よりチカラが出せる様になっていたりして。
 リンネちゃん曰く、それが私に眠っていた潜在能力の一部らしいんだけど、やっぱり魂の強さって自信なんだと改めて実感している次第である。
「けど、相手を仕留めたのはわたしの技のパクリですよね。貸し一つですよ?」
「あー、まぁそういうのは終わった後でミカエル様にも報告しとくから」
「なら、いいです」
「いいんだ……それで、リンネちゃんはもう会場で出番待ち?」
「ええ、まだ時間はありますけど、そろそろ向かいますか?」
「そーだね……んっと……」
 ともあれ、そのリンネちゃんは全部で四つに分かれている別の会場で出番待ちになっていて、私の試合が終わったら合流する約束になっていたので、促すジョゼッタさんに従って立ち上がったものの……。
「……生徒の呼び出しをお知らせします。候補生番号114106の天衣優奈さん、理事長室へ来てください。繰り返します……」
 しかし、廊下に出たところで会場内にチャイムが聞こえてきたかと思うと、名指しで呼び出しを受けてしまった。
「理事長室ってことは、ミカエル様からですかね?」
「んー、ガブリエル様かもしれないけど、呼ばれたならとりあえず行くしかないかな……」
 一体、何をやらかしたのかと心配そうにこちらを見ている周囲とは裏腹に、今さら理事長室への呼び出しと聞いて緊張する間柄でもなし。
 ……とはいえ、改めて呼び出される心当たりも無いのだけれど。
「だったら、わたしも同行していいですか?」
「んー、いいものなのかなぁ……?」
 ともあれ、理事長室なら相手はミカエル様の可能性が半分はあるという事で、ジョゼッタさんが食い付いてきてしまい、腕組みしつつ対応に困る私。
 ……ただ、隠匿しなきゃならない程の用事なら校内放送で呼んだりもしないだろうけど。
「では、ここで先程の貸しを返して貰うという形でひとつ。都合が悪ければすぐ出ますから!」
「そこまで言われたら仕方がないか……んじゃ、その条件でお願いね?」
 まぁ、自宅じゃないなら彼女の幻想を壊すこともない、かな?

                    *

「……失礼します。天衣優奈ですけど、お呼びですかー?」
「ええ。わざわざご苦労様、優奈」
「やっほ〜♪優奈ちゃんお久しぶりだねー?」
 やがて、用件を予想し合いながら二人で理事長室前まで赴き、ノックの返事も待たずに入室すると、中に居た豪華で立派な机を前に腰掛けるスーツ姿の理知的な大人の女性と、その横に立っている、自分達と同じ制服を着た一番の年長者のはずだけど生徒にしか見えない小柄な理事長にして熾天使様が、それぞれの「らしい」笑みを向けて私を出迎えてきた。
「ありゃ、一体どちらにお呼ばれだろうと思えばお二人共とは、一体どういう風の吹き回しで?」
 天界内に二十を超える分校があるらしいエンジェリウムの共同理事長を務めるミカエル様とガブリエル様は、普段は手分けして視察に回っているそうなので、二人揃って本校の理事長室にいるのは極めて稀なハズである。
「いやね、ついさっきにここで優奈ちゃんの晴れ姿を見たから、たまには一言褒めてあげよっかなってミカエルが」
 すると、私の軽口にガブリエル様はそう言ってミカエル様が座す真正面の壁付近を示すと、そこには百インチ以上はありそうなスクリーンが立体的に投影されていて、セラフィム・クエスト本戦の試合の様子が映し出されていた。
「ああ、なるほど、さっきの試合見てたんですか」
 開会式の後で全く姿を見せなくなったと思えば、後は理事長室で観覧していたらしい。
 ……ちなみに余談ながら、本戦に関しては中継が一般にも公開されていて、それが世間的にも一年に一度のお楽しみになっているんだとか。
「いえね、まだ優奈をここへ招いたことが無かったのを思い出したの。これまでの戦いを見る限り、どうやら貴女のエンジェリウム在籍は今季限りとなりそうだし」
「……もう、立場上特別扱い出来ないとか言ってたのは誰なのやらって感じですけど」
 それでも、親バカみたいになっているのが嬉しくないかと言われれば別の話として。
「まぁまぁ、何だかんだで優奈ちゃんは最初の弟子だから可愛いんだよー。あたしもホントはもっと手取り足取り腰取りでイロイロ教えてあげたいくらいなんだけど」
「それに関してはいささか勘違いがあるみたいね、ガブリエル。優奈は“主”より一人立ちするまでの指南役として私に託されているだけで、それ以上でも以下でもありません」
「結果的に同じならいいじゃないの。それとも、独占欲でも芽生えてるー?」
「熾天使の一角ともあろう者が、的外れでお馬鹿な発言ばかりして……ほら、同行して来た生徒がさっきから呆然としているじゃない」
 ともあれ、それから理事長のお二人は勝手に軽い言い合いを始めたかと思えば、やがてミカエル様が小さな溜息と共に私の後ろへ視線をやる。
「……ああ、お友達も一緒に連れてきちゃったんだ?いらっしゃーい♪」
「あはは、連れてきていいものかは自信なかったんですけど、本人がどうしてもと言うもので……ほら、せっかくだし挨拶したら?」
 ともあれ、招かれざる客を連れてきた後ろめたさに頭を掻きつつ、来る前はあれだけテンションが上がっていたのに、いざとなったら居るのすら忘れかけるほど静かになってしまっていたジョゼッタさんへ肘を突いて促す私。
「あ、あの……っ!わっ、わたしは……」
「優奈のクラスメートのジョゼッタですね。ウリエルからも報告は聞いているし、先の予選でもチームを組んでもらったり、いつも優奈がお世話になっているそうで」
「…………っ、い、いえっ、こちらこそ……!」
 そして、これまた珍しく緊張で口ごもったジョゼッタさんへ、ミカエル様が優しい笑みを見せつつ師匠というより私の母親っぽいセリフを向けると、ますます恐縮して言葉足らずになってしまったりして。
(あはは、ホントに憧れのひとなんだなぁ……)
 ……どうやら、普段の意地っ張り屋さんもこの場では影を潜めているみたいだし。
「うんうん、予選の様子もここから見てたけど、直接見た方が全然カワイイよねー?」
「え、えっと、その……」
「……ちょっとガブリエル、まさか優奈のお友達に手は出さないでしょうね?」
「ん〜、さすがにあたしでもジョゼッタ“お嬢様”に気軽に手出しは出来ないかなぁ?」
 それから、ガブリエル様が悪い癖を発動しかけてミカエル様から釘を刺されたものの、その後で苦笑い交じりに何やら初耳な単語が飛び出してくる。
「お嬢様?」
「実はナイショなんだけど、ジョゼッタちゃんのお祖父様は天界評議員の一人でね。まぁだからといって特別扱いとかは無いんだけど」
「……天界評議員って、あのフィクサー的な謎の組織のですか?」
「ええそう、その謎の組織の重鎮メンバーのお孫さんがこちら」
「ほー……」
「や、やめてくださいっ、親族は関係ないです!」
 すると、首を傾げた私に解説してくれたガブリエル様へ、ジョゼッタさんはようやくいつもの調子に戻って会話を遮ってくる。
「あはは、ゴメンね。ただ、ついでに一つだけ聞いておきたいコトがあるんだけど、いいかな?」
「……なんですか?」
「いえね、貴女がこの優奈ちゃんにちょっかいを出したのは、果たして偶然なのかなって」
「え……」
「偶然じゃありません。わたしが、自分の意思で思うところがあってちょっかいを出しました!」
 そして、更に質問を続けられたジョゼッタさんは、ミカエル様達が注視する中で、普段通りの躊躇いの無い表情と声ではっきりと答えた。
「……まぁ確かに、ちょっと見て来いとは言われましたけど、そんなものはこのわたしの動機には含まれていません」
「そう。……ならば、流石はお目が高いと言わざるを得ないかしらね?」
「むしろ、わたしに言わせれば優奈さんの方が何なんですかって感じですけど」
「何なんですかって……」
 それから、今度は何故か矛先がこちらに向いたものの、そんなの私も聞きたかった。
「んー、優奈ちゃんはねぇ、なんていうか特別なんだよ。もしかしたら天使軍どころか、今後の三界を揺るがせかねない程の」
「……それはまた、大きく出ましたねー……」
「わっ、わたしだっていずれはそのくらい……」
 いや、そこ張り合っちゃうんだ?……というか、場にも慣れてきて完全復活ってとこだろうか。
「だから、評議会での関心も高いみたいで、少しばかり探りを入れさせてもらったの。気を悪くさせてしまったのは謝ります」
「いっ、いえ……!わたしはただ……」
「ただ、ミカエル様大好きってコみたいですよ?」
 その後、立ち上がって軽く頭を下げてきたミカエル様に、両手を横に振りつつ慌てて制止をかけようとしながら口ごもってしまうジョゼッタさんを見て、噴出しそうになりつつも肩をぽんぽんと叩いて代わりに続けてやる私。
 恩返ししろと言われていたのもあって、ちょうどいい機会みたいだし。
「優奈さんっ?!」
「私の……?」
「おお、ミカエルも結構モテモテだよねぇ」
「ええまぁ。……というか、出逢った最初からずっと私がミカエル様の弟子なのが羨ましいから代われと言われ続けてきてますし」
「は、はい……!実は今回もそれを言いたくてここまで来たというか……その……」
 すると、ジョゼッタさんは私からの直球な助け舟に動揺しつつも、それからあたふたと落ち着かない様子でぶっちゃけを続け……。
「あのっ!このまま行けばあと三戦先で優奈さんと当たるはずなので、そこで勝てたらわたしもミカエル様の弟子にして下さいませんか?!」
「ちょっ……?!」
 何だかその挙動が可愛かったのでニヤニヤしつつ見ていたら、会話の一瞬の隙を突いて勝手に寝耳に水な提案を向けられてしまった。
「……ゴメンなさい、それは出来ない相談」
 しかし、そこから私が反応するより先に、つれなくお断りを入れてしまうミカエル様。
「……う……っ」
「別に貴女の生まれは関係ないし、もうじき優奈も巣立ってゆくのでしょうけれど、それでも私が誰かを育てるのは、この子が最初で最後のつもりだから」
(ミカエル様……?)
 そして、素っ気無くも申し訳なさそうにそう続けるミカエル様からは、何やら悲壮な雰囲気も感じ取れたりして……。
「ホント、相変わらず妙なトコロで融通が利かないよねー?愛娘さんもだけど、あたしに言わせればもっと気楽に生きればいいのにって思うんだけど」
「お気楽過ぎるのも考えものとは思うわよ、ガブリエル?その分誰かが割を食うんだから」
「……分かりました。ムリなお願いなのは承知の上でしたし、どなたかみたいに未練を残させる事なくばっさりと言っていただければ、わたしも諦めがつきます」
 いずれにせよ、そんな誰も寄せ付けないようなミカエル様の言葉に、やっぱり名残は惜しそうながらも潔く引き下がるジョゼッタさんなものの、ただいちいち私に流れ弾を飛ばしてくるのはご勘弁願いたかった。
「そう。……助かるわ」
「んふっ。だったらー、代わりにあたしの弟子にでもなる?」
「いえ、結構です。……何やら少し身の危険を感じますし」
 更にその後で、フォローのつもりなのか下心アリなのかガブリエル様が代わりに水を向けるも、ウリエル様の時と同じくつれなく受け流されてしまう。
「あはは、ガブリエル様はもうちょっと隠した方がいいかもしれませんねー」
 しかし、これで四大熾天使(セラフィム)のうちお二人からのお誘いを受け、ある意味私なんかよりよっぽど凄い気がしないでもないんだけど、でも本命以外じゃその気にはなれない、か……。
 ……分かります、すごく。
「……いずれにせよ、優奈は良き仲間に恵まれたみたいで何より。実はセラフィム・クエストへ参加させるにあたって、そこが一番心配だったんだけど」
「だから、告知が張り出された日に、優奈ちゃんが早速お仲間を連れて訓練マシンを借りに来たとウリエルから報告があった時はホッとしたよねー?」
「……もう、皆さん揃って弟子バカだなぁ……。言っておきますけど、私はちゃんと初日に友達を作りましたから」
 自慢じゃないけど、生前から人と仲良くなるのは得意な方だったし。
 ……ただ、逆に愛奈ちゃんが人見知りでそういうのが苦手なコだったのが、都合の良かった反面で今となっては心配で仕方がなかったりもして……。
「そうね。ただ夕食の席で嬉しそうに話してくれただけで、結局連れてきて紹介はしてくれなかったけれど」
「ええ、優奈さんのそういう所は薄情ですよね!わたしも御挨拶したかったのにとうとうお家にお邪魔させてもらえませんでしたし!」
「……いやまぁ、それには色々と深い事情が、ねぇ……」
 まったく、弟子の心ポンコツ師匠知らずなんだから。
「あはは、あたしは優奈ちゃんの言いたいコトは分かるけど……あ、丁度そのコが出てるよ?」
 そんなこんなで、少しばかりハラハラさせられつつ他愛も無い会話を続けるうちに、ガブリエル様から促されて一斉にスクリーンへ視線を移すと、ちょうど画面には入学初日に席が隣だったのもあって、「分からないコトがあったら何でも助けになるよー?」と屈託の無い笑顔で気さくに声をかけてくれた最初の友達が、先程の自分の時と同じ闘技場で戦っている姿が映し出されていた。
「ありゃ、リンネちゃんもう出番回ってきてたのね……」
 応援に行けなかったのは後で謝らなきゃいけないとしても、何やらまたいつもの涼しい顔を浮かべつつ、得意の多彩な神術で相手を寄せ付けないまま適度に圧倒しているみたいである。
(ホント、不思議なコだなぁ……)
 いつも朗らかで温厚で、常にニコニコと笑顔を振りまいて癒される心地にさせてくれる見た目からはとても強そうには見えないし、実際の戦いっぷりもそんなに派手さはないものの、何ていうかいつも相手を少しだけ上回って常に主導権を握っているという、謎の底なし感のある友達だった。
「……お、勝ちましたね?」
「うん……それじゃ、そろそろお暇して合流しよっか?」
「ええ。待たせては悪いですから」
 それから程なくして、相手に納得いかない顔をさせつつリンネちゃんが勝ち上がったのを見て迎えに行こうと促す私に、ジョゼッタさんも頷いてドアの方へ向き直る。
 ちょうど、キャンパスの中心にあるこの理事長室は、私が戦った会場とリンネちゃんのいる場所の中間だから、急げばすぐに着けるはずだった。
「では、私達はこれでー」
「……優奈」
 そして、私達が揃って軽く頭を下げつつさようならを告げたところで、ミカエル様は腰掛けたまま神妙な顔で最後に名を呼んでくると……。
「はい……?」
「いずれは仲間とも戦わなくてはならない時を迎えるとしても、貴女が抱える想いを胸に必ず勝ち抜いて“高み”まで来なさいね。……この私の為にも」
「ミカエル様……」
「実は、それが言いたかっただけなの。ふふ……」
 そう言って、最後は二人きりの時に見せる人懐っこい笑みで締めくくった。
「……もー、まどろっこしいなぁ……」
 まぁセラフィム・クエストが始まってからはお互いに何かと多忙で、なかなかゆっくり話をする時間も取れていなかったけれど……。
「ええ、心得てますよ。ミカエル様の一番弟子として恥をかかせない程度には頑張りますから」
 それでも、ついつられて笑みを浮かべてしまう私がいた。
 ……だって、最後に今の私が一番欲しかった言葉を言ってもらえたから。

「……でも結局、強引に付いて来た割には、あまりミカエル様と話せなかったよね?」
「まったく、わたしは踏んだり蹴ったりでしたよ。弟子入りをきっぱりお断りされた上に、墓荒しまでされるわで」
 それから、理事長室を出て試合の終わったリンネちゃんの所へ足早に向かう途中、何気なく水を向けてみた私に、ジョゼッタさんは自棄っぱちに吐き捨てる。
「ジョゼッタお嬢様、か……」
「やめてください」
「あはは、まぁとりあえず私の胸にだけ仕舞っておくから。……でも、私って結構色んな方向から注目を浴びていたのね……」
 生前にも自分の知らないところで天使様呼ばわりされていたみたいだし、私って無意識に目立ってしまうタイプなのだろうか。
「できれば忘れて欲しいですが……それはともかく、注目を浴びてしまうのは仕方がないと思いますよ?あなたはこの天界で二例目となる人間出身の天使候補生ですけど、お祖父様に言わせれば異質で危険な存在だそうですので」
「異質ね……そう言われてしまえば何にも否定できないけど、危険なのかなぁ私?」
 特別な存在とはよく言われてきたけれど、そもそも私とジョゼッタさん、あるいはミカエル様も含めて、恋する乙女として何か違いはあるのだろうか。
「さて、それも“ミツルギ”と呼ばれていた最初の人間出身天使からのイメージですし、お祖父様達にとっては“あちら側”の天使は全て似通った存在なんでしょうけど、このわたしにとって優奈さんはやはり油断ならない存在と言わざるを得ないでしょうか」
 そこで、わざとらしく自虐的に肩を竦めて見せた私に、隣で歩くジョゼッタさんは素っ気なくもため息交じりで吐き捨ててくる。
「油断ならないって……いつも言われてる気はするけど、今回も私なにかしたっけ?」
「さっきの理事長室では、これみよがしに見せつけられましたし。……ほんと目に毒でしたよ」
「見せつけ?私とミカエル様のこと?」
「無自覚なのが余計にムカつきますけど……ミカエル様の態度が熾天使(セラフィム)仲間のガブリエル様を除けば、貴女とその他で全然違ってたじゃないですか」
「あー、いやあれはね……」
 ぶっちゃけ、同居中で完璧な熾天使サマを演じなくてもいい相手だから緩むこともあるだけなんだけど、迂闊には言えないのがつらい。
 一応は一旦フラれてしまったとはいえ、幻想まで壊してしまうのはなぁ。
「……それに、何だかんだでミカエル様が貴女を呼んだ本当の理由も分かってしまいましたし」
「本当の理由?そんなのあったっけ……お?」
 それから、何やら意味深な言葉を続けられて腕組みで考え始めた私に、ジョゼッタさんは手鏡を取り出して見せてくる。
「今の優奈さんの表情(カオ)、リンドウ君と戦っていた時までとは別人ですよ?」
「そりゃ、試合中は私だって険しくも……」
「……だから、あなたは先日の壮行会以来、あんなに澄み渡っていた魂の輝きに闇が混じる様になっていたんです。こういうのは自分じゃ気付きにくいものでしょうけど」
「闇……」
「芽生えた憤りで相手を容赦なく叩きのめすのに躊躇いが無くなって戦闘力が増していた反面、その色は濁っていたとでもいいましょうか」
「……あー、言われてみれば……」
 確かにリンドウ君を圧倒して仕留めた時、正直ざまあみろって思ってしまってたっけ。
「んじゃ、試合の映像でそれに気付いたミカエル様がわざわざ……?」
「わたしの方はとんだくたびれ儲けでしたが、まぁいいです。このまま闇堕ちしかけた優奈さん相手に勝っても虚しさばかりでしょうから」
 ともあれ、同じく私の変化に気付いていたらしいジョゼッタさんも肩を竦めつつ、悪態交じりにそう告げてくる。
「ジョゼッタさん……」
「…………。あのね、ジョゼッタさんも私が守護天使になりたいと言った時に、他のみんなと同じ冷たい反応だったけど、あれってやっぱり本音だった……?」
 そこで、私は少しばかりの沈黙を挟んだ後で、ずっと気にしていたコトを引っ張り出して恐る恐る尋ねてみると……。
「もちろん、本音ですし今も理解できないですよ。ついでに何が問題なのかも分かりませんし」
 ジョゼッタさんからは、殆ど間髪入れずに素っ気無い回答を突き返されてしまった。
「え……?」
「他の誰がどう思おうが、自分は自分でやりたいコトをやればいいだけでしょう。笑いたい者には笑わせておけばいいんです」
「…………!」
「リンネさんが言っていた通り、どちらにせよそんな生き方の選択を与えられるのは勝者の特権ですから、チカラを示してそれを勝ち取る必要はありますけど」
「あはは、まぁ結局はそうなるか……」
 でも……。
「……だから、あと三戦……」
 そして、ようやく目が覚めた心地になった私に、ジョゼッタさんはポツリと続けた後で……。
「え?」
「必ず、残ってくださいよ?もちろん、わたしもですが!」
 親指を上へ向けつつ、迷いの無い言葉で私にそう告げてきた。
「ええ……!あと、ジョゼッタさんはたった今私の好きな人ランキングの上位に入ったかも」
「なんか中途半端ですね……というか、わたしとしては貴女とはずっとライバルでいたいので、そのハートが浮かんでそうな熱視線を向けて来ないでくださいな……!」
「うふふふふ♪」
 ホント、私は仲間には恵まれたお陰で、失望はしても絶望まで落ちなくて済みそうだった。
 ……ただ、ジョゼッタさんへも借りを返すどころかまた増えてしまった気はするけれど。

                    *

「さぁ、本日はこのわたしと勝負です、天衣優奈さん!」
 やがて、約束通りに勝ち抜いて本戦の第六戦目(第十一回戦)を迎え、私は先に会場へ来ていた相手から何やら懐かしさを覚える言葉とポーズで挑戦を受けていた。
「……だね。今日は私も正面から受けて立つよ」
「勝てば上級天使の座が待つこの節目に当たるとは、やはり貴女わたしは宿命で繋がれているとしか言いようが無いですけど、恨みっこはなしでお願いします!」
「うん……ジョゼッタさんもね?」
 そして、今日の試合の結果が持つ意味はもう一つあって、それは私達のチームで最初の脱落者が出る、ということだった。
 ……とはいえ、担任のノキア先生曰く、二年目のジョゼッタさんとルーキー二人のチームが全員ここまで順調に勝ち上がってきているなんて、もう数十年ここの講師を続ける中で初めてらしいんだけど。
「んじゃ、二人とも頑張ってね?負けた方はあたしが慰めてあげるからー」
「お気遣い無く。それよりあなたも自分のことを心配してなさいな」
「私も、右に同じ……」
「では、お二方準備をお願いしますー」
「分かりました!では」
「ええ……!」
 ともあれ、それから今日はノーサイドらしいリンネちゃんからの激励を互いに軽くスルーした後で係員から促され、いつの間にやら集まっていた沢山のギャラリーが見守る中で私達は対面のプレーヤーズシートへ腰掛け、眼を閉じる。
(……さて、ここから更なる高みへ飛び立てられるのは、果たして私かジョゼッタさんか……)
 正々堂々、どちらが勝っても負けても……なんて殊勝なことは考えてないよね、お互い。
(悪いけど、勝たせてもらうから……!)

「……それにしても、何度目になるのかな?私達の手合わせって」
「さて、いちいち覚えてはいませんけど、まぁ大体似たような対戦成績だったと思います」
 それから、開始地点が都市部上空の互いに顔が見える場所だったのもあって、まずは天使剣を抜いたまま水を向ける私に対して、普段通りの腰の柄に手を添えた構えで泰然と対峙しつつ、さらりと返してくるジョゼッタさん。
 セラフィム・クエストの告知日、いやもっと前からお互い練習に明け暮れてきた仲なのもあって、今回はお互いの手の内を良く知る者同士の対決と言えるんだけど……。
「……いや、おそらく私の方が勝ってた気がする……」
「そんな些細なコトはどうでもいいでしょう?……どのみち、ある意味ではこれが初めての対戦にもなるわけですし」
「うん、真剣勝負ってイミだと確かにそうかもね……」
 ただ、それでも今まではあくまで勝っても負けても、まぁ精々おやつを賭けていたくらいの、得る物も失うものもない勝負ばかりだったけれど、今回は互いの将来がかかった試合である。
「……いえ、それだけじゃなくて……」
 しかし、そんな鈍感な私へジョゼッタさんは背中の四枚に増えた翼を緩やかに羽ばたかせて見せてくると……。
「あ、そっか……っって……ッッ?!」
 私が気付くが早いか、次の瞬間にジョゼッタさんはこちらの懐まで斬りかかってきていて、咄嗟に反応した剣で刀身同士が打ち合う音を響かせつつ受け止めていた。
(はや……!)
 ……そうだった。
 第七回戦からは纏う翼が中級天使の仕様(スペック)になっていて、この新しい翼でジョゼッタさんと手合わせするのは確かにこれが初めてになる。
(と、いうコトは……)
「受け止めましたか……しかし!」
「……く……ッッ」
 ともあれ、ようやく状況を認識するや否や、ジョゼッタさんが鍔迫り合いを捌いた隙に私は後方へバックステップし、相手に背中を見せる立ち回りにならない意識を巡らせつつ、まずは防御に徹してゆく。
 それで、あわよくばカウンターの機会を狙いたいところだけど……。
「さあ、いつまで耐えられますか?!」
 しかし、その後も目にも留まらぬ……って程ではギリギリないとしても、今までとは比べ物にならない疾さで四方八方からのヒット&アウェイ攻撃を繰り返され、早くも防戦一方に追い詰められていたりして。
(これは、初手でいきなりまずったかな……?)
 最初の一撃を受け止めた後でそのまま逆に押し返すべきだったのに、一旦退いてしまったのはミスだったかもしれない。
「流石にしぶといですね……ですが、動けないでしょう?!」
「うぐ……っ、なんのまだまだ……!」
 ただ、強がってはいるものの、大きな勝負だからと無意識で慎重に相手の出方を伺ってしまう癖は自分の欠点なのだろうと今頃になって後悔が芽生えて、状勢は悪くなる一方である。
「……まったく、そうやってわたしを見下しているからですよ?」
 すると、そんな私の内心を読んだのか、攻撃の手を緩めることの無いまま思いもよらなかった言葉を返してくるジョゼッタさん。
「見下してる……?く……ッッ」
「結局、本音の部分でわたしなんていつでも倒せると思っていたから……だから最初の勝機を軽んじてしまうんです!」
 そして、そんなつもりなんて無かったはずなのに、何故かぎくりとしてしまった私にそう告げると、更に攻撃の速度が増してくる。
「…………ッッ」
 一応、中級天使の翼になってこれが三戦目だし、同じく相手の戦いっぷりも観察してきて無いわけじゃないとしても、この動きは今までよりも一段速い。
(……あちらさんは打倒、天衣優奈で周到に準備してきてた……?)
 正直、見栄っ張りで強気を崩さないジョゼッタさんから、自分を卑下してまで見下しているなんて言われたのは想定外だったけれど、この戦いで私を倒す為に並々ならぬ情念を持ち込んでいるのは間違いないみたいだった。
(仕方が無い……とりあえず……)
 こういう保留的な戦い方が駄目なのは、さっき教えられたばかりだけど……。
「……翼よ……ッ!」
「う……っ?!」
 とにかく、このままでは根負けして斬られるまで相手のターンが続きそうな状況を崩そうと、やがてジョゼッタさんの攻撃を受け止めた瞬間を狙って溜めていた翼の神霊力を一度に解放し、発生させた衝撃波で互いに弾き飛ばされる形で距離が離れた隙に、私は高度を下げて市街地の方へと一目散に入り込んでいった。
「ミカエル様の弟子ともあろう者が、逃げますか!」
「……言ってなさいっての」
 訓練の時ならあのまま相打ち覚悟で反撃に移っても良かったんだけど、慎重になるならとことん徹しないとね。
(……でもとりあえず、今のところ恩恵を上手く利用出来ているのはあちらの方かな?)
 中級天使になって翼の数が倍に増え、込められた神霊力、飛行能力共に四倍以上に増幅されているはずだけど、剣より神術が主体の私はこのまま押され続けていたら力を発揮出来ないまま。
 どうにかして態勢を立て直しつつ、反撃の神術を放つ時間を稼がないと……。
(なんだけど……)
 しかし、それから私は道路に隔たれて建物が立ち並ぶ市街地を、全速かつ衝突スレスレのルートを通過してやり過ごそうとしているものの、ジョゼッタさんはすぐ後ろをぴったりと張り付いて離れない。
(せめて、後ろから撃ち落そうと銃でも使ってくれるといいんだけどなぁ……)
 それなら狙いを定めている間に隙が生まれるし、天使銃の弾丸は神霊力だからこの態勢からでも受け止めたり弾き返したりも出来るというのに、どうやらジョゼッタさんは無理に掴まえるよりも一定の距離をキープしつつ、しっかり付いてくるコトを優先しているみたいだった。
(……結局、どちらも自爆待ちかぁ……)
 何だかんだで、やっぱりここでも根競べな状況になりかけているのは辛い。
「……それにしても、短い間で見違える程に強くなりましたよね、優奈さん。ホント末恐ろしい存在ですよ、あなたは」
 そんな中、やがてジョゼッタさんがぴったりとマークしたまま不意に語りかけてくる。
「ジョゼッタさんだって充分に強いじゃない?……今だって少しでも気を抜いたり判断を誤ったら即座に負けてしまいそうだし」
「わたしは……結局、去年からさして強くはなっていません。それに……」
 そこで、最初は嫌味なのかと思って私もやり返すと、ジョゼッタさんは聞き取れるギリギリくらいの小さな声で告白してきて……。
「それに?」
「……言いたくはないですが、最初の一撃を受け止められた時点で、この勝負は決しているのも同然なんです。もう、貴女も気付いているんでしょう?」
 更に、溜息混じりで種明かしもしてくるジョゼッタさん。
「まぁ確かに、あの攻撃が一番速かった……かな?受け止められたのは偶然だろうけど」
「偶然?そんなわけないでしょう?!」
 それを聞いて、私も思い当たったコトをぽつりと呟くと、今度は激昂した声で反論が返ってきてしまう。
「いや、そんなわけないって否定されても……」
「……悔しいですけど、貴女とわたしではもう差がついてきてしまってるんです……!」
「…………っ」
「でも、決して諦めるわけにはいかないんです!……だって……」
「だってこのままじゃ、結局わたしは貴女の単なる踏み台で終わってしまいますから……!」
「…………ッッ!」
 しかし、そんなここまで一緒に頑張ってきたハズの仲間からの悲痛な叫びに、今まで一番カチンと来てしまった私は急ブレーキをかけ……。
「……な……っ?!」
 振り向きざまに天使銃を抜いて構えると、その銃口の先は不意を突かれて驚いたジョゼッタさんの眉間を捉えていた。
「……っ、どうして、撃たないんですか……?!」
「いいから、離れて……!」
「…………っ」
「……ね、このまま鬼ごっこを続けたってキリがないから、やっぱり小細工なしの勝負をしましょうか?」
 そして、私は短く命じて相手を一旦下がらせた後に天使銃を収めてそう告げると、呆然とするジョゼッタさんへ「付いてきて」と続けて再び上空へと戻ってゆく。

「……それで一体、ここから何をするつもりなんです?」
「だから、小細工なしの勝負だってば。これからあなたの最後の一撃を、私が渾身の神術で迎撃するという、ね」
 それから、遮蔽物のない上空で正面に対峙し直した後で改めて尋ねてくるジョゼッタさんに、自分でも酔狂だなーと思う提案を向けてやる私。
「いいんですか?後悔しても知りませんよ?何せ……」
「ええ、中級以上の翼には秘められた神霊力を一度に解放して一時的に能力を爆発させるという”切り札”が実装されているでしょ?つまり、それで勝負するの」
 おそらく、それを使えば最初の攻撃をも上回る速さが出るかもしれないし、私も対応できたら逆に一撃必殺だろう。
「ど、どうして、そんなリスクを冒してまでわたしに勝ち目を……」
「……だって、これが自分にとっての天使のあるべき姿と思っているし」
 自分で言うのもなんだけど、やっぱり天使サマってのは救いをもたらす存在じゃないとね。
 ……たとえ、それが誰にも理解されない茨の道だろうとも。
「…………っ」
「それにやっぱり、私にとってジョゼッタさんは単なる“敵”とは見られないから……かな?」
「……ッッ、わっ、わたしはっ!貴女のそういう所が大嫌いです……!」
 そして、最後に苦笑い交じりに告白すると、ジョゼッタさんは首を横に振りながら自棄っぱちに答えた後で、天使の翼を輝かせ始めていき……。
(“主”よ翼よ、私に望みを叶える盾をここに……!)
 それに対して、私の方も同じく祈りを捧げる様にして四枚翼のチカラを解き放つと、天使剣を収めた右手を翳して……。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッッ!!」
「……今……っっ!」
 やがて、ジョゼッタさんの姿が眼前から消える直前を狙った直感頼みのタイミングで私は腕を振り下ろし、いつか見た攻防一体の黄金の盾をベースに自分なりにアレンジを加えた障壁を前方に張ると、半透明の桃色ハートマークの形を成した神霊力の塊がすぐ眼前に姿を現した相手の必殺の一撃を受け止めていた。
「…………ッッ」
「……ゴメンなさい、それでも私はこんな自分が好きだから」
「どうでもいいですけど……おふざけのつもりですか、“コレ”は……」
「私はいつでも大真面目。……それに、ジョゼッタさんならきっと正面から斬りかかってくると思ってたし」
「く……所詮はどこまでも掌の上だったと……」
「でもね、私はそんな不器用なジョゼッタさんも好きだから……」
「…………ッッ」
「……だから、今度はあなたが受け止めて、この私の想い……ッッ!!」
 そして私はそう告げるや、自分の一番好きなモノを模った障壁に圧縮させていたありったけの神霊力を、今度は反撃の一撃として一気に解き放った。
「きゃああああああああ……ッッ?!」
「…………」
「…………」
「……というか、掌の上といっても、相当ギリギリな攻防だったと思うんだけどなぁ……」
 程なくして、解放されたチカラの奔流が直撃を受けたジョゼッタさんの悲鳴を飲み込んだ後で、ぽつりと独り言を呟く私。
 全方位に張り巡らせたらその分弱くなって受け止めきれないと思ったからこそ、自分の直感を信じて一方向に絞ったんだし。
(やれやれ、後でミカエル様に怒られるかな……?)
 ……でも、きっとこれが愛奈ちゃんの愛してくれた天使のおねぇちゃんだから。
「……さて、と……」
 やっぱり気は引けるけど、ちゃんと締めないと……ね。

                    *

「……はぁ、結局今回も上級天使には届かず……。やっぱり、わたしの分はこんなもんですか」
「そんなに悲観するほどでもないと思うけどなぁ?何だかんだでかなり紙一重の勝負で、私もヒヤヒヤしっ放しだったし」
 やがて、意識が会場へ戻った後で熱戦後の喝采を浴びる中、既に魂が元の身体へ戻ったにも関わらずその場へ座り込んで愚痴を吐く愛すべきライバルへ、苦笑い交じりにフォローする私。
「昔から、持っている者が持たざる者へかける慰めほど残酷なものは無いと言いまして……」
「もう……ほら、拗ねてないでアネモネちゃんに自分が向けた言葉を思い出しなさいな」
「……今回は天運に恵まれなかっただけだから、また次頑張ればいい、ですか?」
「勝負事なんてそんなものでしょ?それにこれが生涯最後の機会でもないだろうし。ほら?」
 まぁ、これこそ根拠の無い気休めだろうけれど。
「そうですね。……まぁ、今の心境は中級でも階級は上がったはずなのでこれで良しとするか、三度目に挑戦するかは半々ですが」
 ともあれ、そう言って差し伸べた私の手を、ジョゼッタさんは自虐に満ちた笑みを浮かべつつ取ってくると、ふらふらとした足取りでようやく立ち上がった。
「あはは、ここまで来てもう一度はしんどいよね?とにかく二人ともおつかれー」
「あなた方と三人でもう一度、というなら考えなくもないですが、流石にアネモネと組んでやり直しても今回よりいい成績が出るとも思えませんし……」
 それから、会話に加わってきたリンネちゃんにいつもの調子で労われるも、諦めの混じった溜息を吐くジョゼッタさん。
「まぁまぁ、それも楽しからずや、じゃない?」
 それでも、このチームでもう一度やりたいというのもやぶさかではないですが。
「……そういうセリフをさらっと返してくるから残酷だと言ってるんです。まぁ、こうなったからにはわたしなんて置き去りにして二人で高みにでも上ってくださいな」
 しかし、割と本気のフォローのつもりだったけれど、嫌味と受け取ったらしいジョゼッタさんは恨みがましくもそう続けると、くるりと私達から背を向けてしまった。
「あはは、このまま行けば決勝があたしと優奈ちゃんだしねー。がんばろ?」
「いやまぁ、それは頑張るけど……」
 まさか、そうそうそんな都合よく……。

                    *

「……ええと、マジですか……」
 やがて、戦友と書いて「とも」と呼ぶらしい仲間の屍を乗り越えて挑んだ本戦の八戦目、通算にして十三戦目という長い長い戦いも佳境を迎えた準決勝。
 先にどうにか勝利をおさめて決勝への進出を決めた余韻に浸る間もなく、もう一戦の結果を会場のスクリーンで見届けた私とジョゼッタさんは、仲間の勝利を喜ぶ前に思わず絶句してしまっていた。
「正直わたしも、二人で高みへ上がればいいなんて捨て台詞を吐きましたけど、本当にどちらも残ってくるとは思いませんでした……」
「……いやまぁ、だよねぇ……しかも……」
 今までと違って今回は圧倒的なチカラの差を見せつけて瞬殺と、最早遊びは終わりと言わんばかりに持っていた神霊力を見せつけた形という。
「ふー、それじゃ明日はよろしくねー優奈ちゃん?」
「う、うん……」
 とりあえず、なかなかアツいと言えばアツい展開なのかもしれない、けど……。

                    *

「……あの、結局何者なんですか?リンネちゃんって……」
「大切な最初のお友達相手にいきなり直球ねぇ。あなただって、六ヶ月しか在籍していなかったのにいきなり最後まで残ってしまったイレギュラーでしょ?」
 その夜、さすがにそろそろ猜疑心の一つも芽生えてしまった私が夕食の席で尋ねてみたものの、いつもの様に愛飲の赤ワインでほんのり紅潮させている理事長先生からは身もフタも無いけど答えになってない回答を返されてしまった。
「いやまぁ、そー言われればそうかもですけど……」
「やっぱり、天使の素質ってのは天性のものが大きいのよ。魂の輝きってのは磨くことは出来ても、原石そのものは天賦の領分。……だから、本当のところエンジェリウムやセラフィム・クエストも候補生を鍛えるというよりは、適正の高い者を探し見極めるのに重点が置かれているわけ」
 そして、「どうせ、正規の天使になった後はトレーニング漬けの毎日が待っているんだし……」と付け加えるミカエル様。
「うーん、地獄の訓練はちょっと……だったら、今回みたいな組み合わせも想定済みと?」
「まぁ、ルーキー同士が決勝戦というのはさすがに記憶に無いけどね?……ただ一つ言えるのは、“主”もなかなかせっかちだから」
「だから、私も半分の日程で何とか仕上げろとミカエル様に?」
「ま、早いならそれに越したことはないでしょ。貴女だって守護天使になりたいのなら尚更」
「……そうですね……」
 ただ、ここでの生活がもうすぐ終わるのが名残惜しくもなってきているんだけど。
「とにかく、明日は私とガブルエルも会場で立ち会うから、後悔の残らない様に今までの成果を全て見せてちょうだい」
「……えっと、参考までに聞いておきますけど、今夜のうちに出来そうな悪あがきは?」
「うーん……今日は早めに寝ておく?」
「……まったく、一人前に育てるとか言ってた割には最後まで適当なお師匠だったなぁ……」
 そこで、またそのパターンですかと、思わず本音がとうとう口に出てしまったものの……。
「でも、ちゃんとコミットメントしてるでしょ?ふふふ……」
 その、ぐうたらお師匠様の方は改めて乾杯と言わんばかりに、ボトルを空にするおかわりが注がれた細長いグラスを小さく掲げ、とびきりの天使の笑み(エンジェリック・スマイル)を浮かべて楽しそうにそうのたまった。

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